2025年5月、JHS Pedals は新作のソルダーレス(はんだ付け不要)DIY キットペダル「NOTADÜMBLË」を発売した。このペダルには2つの回路が搭載される予定だった。ひとつは Dumble アンプのリードトーンを再現したオーバードライブ回路。もうひとつは、JHS の創業者ジョシュ・スコット氏がジョン・メイヤーの個人所有する Dumble 関連機材を参考に再現した「A Box Later」と呼ばれるバッファー・ループ回路だった。
ところが、実際に量産・出荷された NOTADÜMBLË V1のクリーン側に搭載されていたのは、本来搭載されるはずだった「A Box Later」ではなかった。スコット氏がR&D(研究開発)のアーカイブから回路を取り出す際、誤って別の Dumble 系プリアンプ回路を選んでしまったのだ。それは、彼が2019年にやはりジョン・メイヤーのために別件で再現し、そのまま忘れ去っていた回路だった。似たような2つの Dumble プリアンプ回路が、別々のアーカイブ保管場所に眠っていたことが、悲劇(あるいは喜劇)の発端だった。
発売から間もなく、スコット氏自身がこのミスに気づいた。彼はすぐに動画で経緯をすべて公表し、返金を希望した顧客には対応。NOTADÜMBLË V1は在庫を売り切ったのち、生産を終了した。普通ならここで話は終わるはずだった。しかし、実際に起きたのはその逆だった。NOTADÜMBLË V1が生産終了となったあと、多くのギタリストから「あの"間違って搭載されていた"クリーン回路がとても気に入っていた。単体のペダルとして欲しい」という声が JHS に寄せられるようになったのだ。
こうして生まれたのが「FUMBLE(=しくじり、へま)」である。その名の通り、自分たちの過ちを堂々と製品名にしてしまうあたりが、いかにも JHS らしい。興味深いことに、この自虐的なペダル名は真新しいものではなく、なんと14年も前から使われる機会を待って"引き出しの中で眠っていた"名前だったという。FUMBLE は、この"誤って搭載されていた"回路をそのまま単体ペダル化したものであり、価格はわずか$89。DIY キットの組み立ても不要で、誰でもすぐに手に取れる形になった。
話はここで終わらない。JHS がこの"誤って搭載されていた"回路(社内では「Dumble BBC-1」と呼ばれている)のルーツを遡って調査したところ、さらに衝撃的な事実が判明した。
▲ DUMBLE BBC-1 実物
この BBC-1 回路は、実はハワード・ダンブル氏によるオリジナル設計ではなかったのだ。その正体は、1970年代に Barcus Berry 社が製造していたアコースティックギター用プリアンプ――ピエゾピックアップの信号をエレキギター用アンプに橋渡しするための、ごく普通の小さなユーティリティボックスに使われていた JFET プリアンプ回路を、ほぼそのまま踏襲したものだった。当時はまだ「アコースティック専用プリアンプ」という製品ジャンルが確立されておらず、こうした簡易的な変換ボックスが重宝されていた時代である。
伝説のアンプビルダー、ハワード・ダンブル氏はこの回路をクローンし、自身の小さなエンクロージャーに収めて、ロサンゼルスの一部のセッションミュージシャンたちに提供していた。そして後年、同じ JFET ステージをそのまま自身のアンプ本体にも組み込み、「FET モード」として搭載したのである。
つまり、こういうことになる。中古市場で20万〜40万ドル(実に3,000万〜6,000万円)もの価格で取引される、あの伝説的な Dumble アンプの"FET サウンド" ―― 多くのギタリストが憧れ続けてきたあのトーンの正体は、1970年代のありふれたアコースティックギター用ピエゾプリアンプのクローンだったのだ。
FUMBLE は、そのクローンの、さらにそのクローン。オリジナルの Barcus Berry 回路から数えて三世代目にあたる、ペダル史上でもかなり稀有な"血統"を持つ製品ということになる。何十万ドルもするヴィンテージ Dumble アンプの神話的サウンドが、実はわずか$89のブースターペダルと、回路的には同じルーツを共有している ―― このギャップこそが、FUMBLE という製品を単なる「安価なクリーンブースト」以上の存在にしている最大の魅力と言えるだろう。
※ Dumble は、Howard Dumble(商号:Dumble Amplifiers)の登録商標です。